大判例

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大分地方裁判所 昭和45年(ワ)634号 判決

原告 梅野展資

右訴訟代理人弁護士 佐藤原太

被告 東タクシー株式会社

右代表者代表取締役 梅野朋子

右訴訟代理人弁護士 松木武

主文

1  被告が昭和四四年一〇月一五日定時株主総会においてなした梅野朋子、後藤実および梅野保を取締役に、山田淳子を監査役に選任する旨の株主総会の決議は無効であることを確認する。

2  被告が昭和四五年五月五日になした二、九〇〇株の新株発行は無効であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(原告の求める判決)

主文同旨

(被告の求める判決)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(原告の請求原因)

一、被告は昭和三五年一一月一五日設立され一般乗用旅客自動車運送を業とする株式会社である。

二、原告適格

1イ  後藤実は、右の会社設立時に、被告の発行した株式五〇〇株を引受けた。

ロ  同人は同三六年八月一〇日これを原告に譲渡した。

2  原告は、同四四年九月一二日被告の発行した株式二一〇〇株を引受けた。

3  原告は、同四二年一〇月三一日、梅野朋子および梅野藤太とともに被告の取締役に、梅野朋子と共に代表取締役に選任された。右取締役の任期は定款で二年と定められている。

三、株主総会決議の外形

被告は、同四四年一〇月一五日定時株主総会を開き、主文一項の取締役および監査役選任の決議をなし、その決議にそった登記がなされた。

四、株主総会決議無効事由

1  右の株主総会の開催の通知は原告に対してはなされなかった。

2  右総会当時の被告の発行済株式は八一〇〇株であった。

3  右総会当時の株主およびその株式数はつぎのとおりである。

イ、梅野藤太 二〇〇〇株

ロ、梅野保   五〇〇株

ハ、梅野真語  三〇〇株

ニ、山田淳子  二〇〇株

ホ、原告   二六〇〇株

(この取得原因は二12のとおり)

ヘ、梅野朋子 二五〇〇株

4 よって、発行済株式数八一〇〇株、株主六名のうち二六〇〇株を有する株主一名に通知なく開催された総会は無効である。

五、新株発行

被告は、同四五年五月五日主文二項のとおり新株二九〇〇株を発行した。

六、新株発行無効事由

1 梅野朋子、後藤実および梅野保は、同四五年四月一五日、被告の取締役会を開き新株二九〇〇株を発行する旨決議し、この決議にもとづき、被告は主文二項のとおり新株を発行した。

2 しかし、梅野朋子、後藤実および梅野保を取締役に選任した前記三の決議は、前記四のとおり無効である。

3 したがって右1の取締役会決議は取締役でないものがなしたもので不存在であるから、これにもとづいてなされた本件新株発行も無効である。

(請求原因に対する被告の認否)

一、請求原因一の事実は認める。

二、同二1イ、2および3の事実は認める。二1ロの事実は否認する。

三、同三の事実は認める。

四、同四1、2ならびに3イないしニおよびヘの事実は認める。3ホの事実は否認する。すなわち原告の持株数は二六〇〇株でなく二一〇〇株であり、その余の五〇〇株は後藤実の所有である。

五、同五の事実は認める。

六、同六1の事実は認める。六2は争う。

(被告の抗弁)

一、原告適格

1  原告が、同四四年九月一二日被告の発行した株式二一〇〇株を引受けたことは認めるが、原告は、同年一一月六日右株式を梅野朋子に譲渡した。

2  よって原告は本件訴を提起する適格を有しない。

二、株主総会決議有効事由

1  本件株主総会は原告を含めた株主全員が出席して開催された。

2  よって本件株主総会は全員出席総会として有効である。

三、新株発行有効事由

1  梅野朋子は被告代表取締役として、主文二項の新株を発行した。

2  同四二年一〇月三一日、梅野朋子、原告および梅野藤太は被告の取締役に、うち梅野朋子および原告は被告の代表取締役に選任された。なお被告の定款は取締役の任期は二年と定めており、本件株主総会直前の時点で被告の取締役、代表取締役は右の者以外になかった。

3  もし、前記の同四四年一〇月一五日の株主総会の取締役選任決議が無効とすると、代表取締役が存在しないこととなるから、梅野朋子の取締役としての任期は満了していても、新たに代表取締役が選任されるまでは代表取締役としての権限を有するものというべく、代表取締役のなした新株発行は取締役会決議なしにしたものであっても有効というべきである。

四、信義則違反

1  原告が、同四四年九月一二日取得した請求原因二2の新株二一〇〇株については、左記のような事情があるので、右株式につき原告が株主である旨の主張をなすことは信義則違反である。

2  原告が、同四四年九月一二日発行の被告の株式二一〇〇株の株主となるについては、原告が他の株主に無断で、虚偽の株主総会議事録にもとづき、被告の定款のうち会社が発行する株式の総数を四〇〇〇株より一六〇〇〇株に変更した旨の登記をし、更に、他の取締役に無断で右新株を発行したもので、しかもその株金の払込をしていない。

3  そのため、右の問題を原告と他の株主とで協議し、右株式全部を被告代表者梅野朋子に譲渡する形式をとりそれにより新株発行無効の手続をとらずに解決することにしたもので、原告は右株式の株主でない。

(抗弁に対する原告の認否)

一、抗弁一の事実は否認する。

二、同二の事実は否認する。

三、同三1および2の事実は認める。3は争う。被告にはこのような原則は適用されない。

四、同四2および3の事実は否認する。1は争う。

(証拠)≪省略≫

理由

一、原告適格

1  被告は昭和三五年一一月一五日設立され一般乗用旅客自動車運送を業とする株式会社であることは≪証拠省略≫により認められる。そこで原告が被告の株主であって本件訴を提起する適格を有するかについて判断する。

2  後藤実は被告会社設立時にその発行した株式五〇〇株を引受けたことは原告および被告代表者本人尋問の結果により認められる。原告は同三六年八月一〇日これを同人より譲受けたと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。右主張に合するごとき原告本人尋問の結果は信用できない。

3  原告が同四四年九月一二日被告の発行した株式二一〇〇株を引受けたことは、原告および被告代表者本人尋問の結果により認められる。

被告は原告が同四四年一一月六日右株式二一〇〇株を梅野朋子に譲渡したと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。かえって≪証拠省略≫によれば、原告、梅野朋子(原告の妹)および梅野藤太(原告の父)の三名が同四二年一〇月三一日以降被告の取締役、うち原告と梅野朋子がその代表取締役であったが、原告は同四四年九月一二日梅野朋子に相談することなく被告の新株を四一〇〇株発行し、そのうち二一〇〇株を自らが引受けたが梅野朋子に引受けさせなかったので、梅野朋子はこれを知って驚き、同人の意をうけた永井美代子(原告の姉)、山田淳子(原告の妹)および梅野保(原告の弟)は同四四年一〇月一五日原告を別府市内の永井美代子方に呼び原告に対し被告の取締役を辞任してその経営より退き右引受新株二一〇〇株を梅野朋子に譲渡するように強く求めたが、原告はこれを承諾せず双方は言い争いのまま別れるに至ったこと、梅野朋子はその後被告会社を支配するに至り、その株主名簿に右新株二一〇〇株が同四四年一一月六日に原告より梅野朋子に譲渡された旨記載させたこと、しかし、右新株二一〇〇株は同四四年一〇月一五日または一一月六日に原告より梅野朋子に譲渡されたことはないことが認められ、この認定を覆す証拠はない。≪証拠判断省略≫

そうすると、原告は同四四年九月一二日以降被告の二一〇〇株の株主であるから本件訴を提起する正当な適格を有する。

二、株主総会決議無効確認の訴について

1  被告会社において同四四年一〇月一五日主文一項記載のとおりの取締役、監査役選任の決議がなされたとしてその旨の登記がなされていることは≪証拠省略≫により認められる。

右の株主総会開催につき原告に開催通知のなされなかったことは原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨により認めることができる。そして原告が右の同四四年一〇月一五日当時被告会社の二一〇〇株の株主であったことは前記一3に判断のとおりであり、右当時被告会社の発行済株式は八一〇〇株、株主は梅野藤太、梅野朋子、原告、梅野保、後藤実、梅野真語、山田淳子の七名であったことは≪証拠省略≫により認めることができる。

2  被告は、原告を含めた全株主が同四四年一〇月一五日の前記決議のなされた株主総会に出席していたから全員出席総会として有効であると主張する。しかしながら右の株主総会に原告が出席していたことは、本件全証拠によるも認められない。もっとも≪証拠省略≫によれば、同四四年一〇月一五日別府市内の永井美代子方において梅野藤太(原告の父)、永井美代子(原告の姉)、山田淳子(原告の妹)、梅野保(原告の弟)および原告が集まり話合いがなされたことが認められるが、右証拠によれば、右の集まりは梅野朋子の意思に反して新株の発行等の行為をした原告に対し被告の経営から退くよう説得する目的で梅野朋子の意をうけてその兄弟親らが被告の株主であるかには拘りなく集まったものであること、この集まりでは主として永井美代子、山田淳子が原告を責問、説得し、原告が被告会社より退く条件が話合われたが合意が成立するには至らなかったこと、永井美代子は被告の株主ではないこと、この集まりでは通常株主総会でなされる決算書類の承認はなされず、また議長も存しなかったこと、取締役選任についての討議もなされなかったこと、少なくとも原告は株主総会としての討議がなされることに同意していなかったことが認められ、これらの事実によると右の集まりは単なる親族の集まりであると推認され、本件全証拠によるもこれが株主総会として開催されたものとは認められない。更に右の集まりにおいて主文記載のような決議がなされたことも本件全証拠によるも認められない。そうすると右の集まりに原告が出席していたからといって、原告が「右の決議がなされた」「株主総会」に出席していたものということはできない。

3  そうすると前記株主総会決議は、全株主七人のうちの一人であり、発行済株式の四分の一以上の株式を有する原告に、開催通知をせずに、またその出席もないままで開かれた株主総会でなされたものであるから法律上不存在というべきであり、登記簿に記載され外見上拘束力を持つように見える右決議の効力を有しないことの確定を求める本件株主総会決議無効確認請求は理由がある。

三、新株発行無効の訴について

1  梅野朋子、後藤実および梅野保は被告の取締役として同四五年四月一五日取締役会を開き新株二九〇〇株を発行する旨を決議し、この決議にもとづき被告は同四五年五月五日新株二九〇〇株を発行したことは、≪証拠省略≫により認めることができる。

2  ところで、梅野朋子、後藤実、梅野保を取締役に選任した被告の同四四年一〇月一五日の株主総会決議が無効であることは前記二に判断のとおりであり≪証拠省略≫によれば梅野朋子、原告および梅野藤太は同四二年一〇月三一日株主総会において取締役に、梅野朋子および原告は同日取締役会において代表取締役に選任されたこと、被告の定款は取締役の任期を二年と定めていること、同四二年一一月一日以降右の者以外に取締役、代表取締役が存しないことが認められるから、右の同四五年四月一五日の取締役会決議の当時後藤実および梅野保は取締役ではなく商法二五八条により梅野朋子、原告および梅野藤太が取締役の地位を有していたものというべきである。従って梅野朋子、後藤実および梅野保のうち二名は取締役の地位を有しなかったものであるから、この三名によってなされた新株発行の決議は取締役会の決議としての効力を有しないものというべきである。

3  被告は新株発行の取締役会決議が無効であっても、本件新株は代表取締役としての権限を有する梅野朋子が発行したものであるから、本件新株発行には無効事由がないと主張する。

そして≪証拠省略≫によれば、本件新株は梅野朋子が代表取締役として発行したことが認められ、また右2に認定の事実によれば、梅野朋子および原告は右新株発行の同四五年五月五日当時商法二五八条、二六一条により代表取締役としての地位を有していたものというべきである。

4  そこで被告の右主張について判断するに、新株を代表取締役が発行した場合、それが有効な取締役会決議にもとづかないことは一般的には新株発行無効の訴の理由にはならないが、例外的に発行新株数が少なく、引受人が右代表取締役と特殊の関係にある少数者に限られ、その新株が特に発行後六月以内に譲渡されておらず、会社が小資本で少数の株主により構成されている等、新株発行を無効としても株式取引の安全を害さない特別の事情のある場合は、有効な取締役会の新株発行決議のないことは新株発行無効の訴の理由となるものと解すべきである。

これを本件にみると、≪証拠省略≫によれば、本件において発行された新株は二九〇〇株であること、これを梅野朋子が二〇〇〇株、梅野太郎が四〇〇株、平岡健二が五〇〇株を引受け、他に引受者はいないこと、梅野朋子は自ら代表取締役として右の新株を発行した者、梅野太郎は梅野朋子の未成年の子で同女が単独で親権を行使している者、平岡健二は梅野朋子に重用されている被告の従業員であること、右三名は右の引受新株を現在に至るまで他に譲渡していないこと。右新株発行直前には被告の資本金は八一〇万円で、その株主は前記二1に認定のとおりの七名でそのうち後藤実を除いては朋子より見て兄弟姉、親子の関係にある親族であることが認められ、この認定に反する証拠はない。

右のような事実の下では本件新株発行を無効としても取引の安全を害しない特別の事情があると解せられるから、本件新株発行には無効事由があるというべきである。

もっとも代表取締役が新株を発行した以上これについて有効な取締役会決議がなくとも右新株発行は有効であるとする最高裁判例(第二小法廷判昭三六・三・三一民集一五・三・六四五)があるが、この事件は同二九年に資本金二〇〇〇万円の当時としては小さくない資本を有する会社が四〇万株という多数の新株を発行して倍額増資をした事案であるから、特殊な事案の本件においては右新株発行を有効と解することはできない。

以上のとおり原告の新株発行無効の請求は理由がある。

四、信義則違反の主張について

被告が信義則違反として主張する事実のうち、原告が梅野朋子に新株式二一〇〇株を譲渡したことの認められないことは前記一2に判断のとおりであり、原告が同四四年九月一二日発行の新株二一〇〇株の払込をしていないことは本件全証拠によるも認められ(ない)≪証拠判断省略≫(なお最高裁第二小法廷判昭四四・一・三一民集二三・一・一七八)。そしてその余の被告主張の事実をもっては原告が被告の株主であると主張して本件株主総会決議無効、新株発行無効の訴を提起することが信義則に反し許されないものとは解されず、そのように解せしめるに足る事実は本件全証拠によるも認められない。被告の右主張は理由がない。

五、以上判断のとおり原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井関正裕)

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